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◆ 健三さん奮戦記 ⑥ ◆

「健三さん奮戦記」 続きです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


妻からの不信と批判は、健三にズシリとこたえました。

以後、タバコと酒については決して隠れて飲まない。
妻と家族(娘)の前にすべてオープンにすると、彼は宣言しました。

しかし、共子は直感していました。
この期におよんでの喫煙は、人生に対する価値観の深いところから来ていると。

自分のペースで好きなように生きる。
体調が好転するとすぐに楽観する。
この人はまた吸うのだろう。

今度吸えば、生死にかかわる局面を迎えるにちがいない……。


『AWG日記』

「9月18日
 午前 ①②③④
 午後 ⑥⑦⑧
 焼酎を薄めてコップ1杯」

松浦博士から止められていた飲酒を、健三は自らの意志で破りました。

タバコと酒のつけは、直ぐ病状にあらわれます。

不気味な発熱と痛みが健三を襲いました。
余命3ヶ月の半ばで襲ってきた発熱と疼痛でした。

「9月20日
 午前 ①②③④
 午後 ⑨
 37度2分~37度5分の微熱。
 肝臓部分がひきつれるように痛い。
 寝返りした時など痛い。」

4日後の9月24日には、両脇腹に激痛が走りました。
痛みは翌25日も続きました。

「午前10時45分、37度2分。
 12時、37度。
 午後2時、37度2分」

『AWG日記』には、夫を見守る妻の祈るような視線が漂います。

「9月25日
 またも喫煙していたことが分かった。
 ――― 熱も上がったり下がったりで、なかなか良くならない。
 何よりも食欲がなく、衰弱してきた。

 私1人で頑張るのはもう限界かもしれない。
 明日、病院に行こうと思う。」

共子は打ちのめされる思いで健三に付き添い、S病院の窓口を訪れた。
『AWG』路線との決別を覚悟しての受診でした。

この日、熱は午前10時半時点で38度2分。
緊急血液検査が行われました。

「即、入院の宣告が出されるだろうと、覚悟しました。」(共子さんの証言)


血液検査の結果 ――。
「GPT(ALT)の数値が高いですね。」

医師は冷静に告げました。

「GPTは血液中のアミノ酸基転移を行う酵素の数値で、
 肝細胞が壊れ、死滅が進んでいる場合、
 また重度の肝炎や重度の肝硬変の患者の場合、GPTは上昇傾向をしめします。」

医師は続けて言いました。


「ということは、
 肝細胞ががん細胞も含め大量に破壊されていて、
 血液の循環の流れが悪くなっているからだと思われます。
 余命1ヶ月と思われます。」

緊急入院の勧めはありませんでした。

鎮痛、解熱剤のポンタール、
消化を助けるファモチン錠剤の投薬を受け、夫妻は帰宅。

「余命」が迫っていました。

「9月29日
 午前 ①②③④
 午後 ⑤⑥⑦⑧

 昨日S病院に解熱剤をお願いしに行ったことを松浦先生に報告したところ、
 虫の居所が悪かったのか、病院に行ったことが気に入らないらしく、
 先日とは全く対応が違い、「あなた1人があたふたしている」
 と、とげのある言い方をされてしまった。

 「健三は大胆に喫煙するようになった。
 タバコもたくさん買い込んで、隠そうとしていた」


連日の発熱。
松浦博士からの批判。
夫は余命わずかを承知で、大量のタバコを隠し持っている。
それもニコチン含有量の多い、ハイライトを。

何もかもから突き放され、自分1人が空回りしている…。
共子は孤独でした。





☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ( … 続く ) ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



◆ 健三さん奮戦記 ⑦ ◆

「健三さん奮戦記」 続きです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


熱が下がり始めたのは「AWG」照射からちょうど1ヶ月の7月4日。

食欲が出て、体重が48kgを超えました。
と同時に喫煙量も増えましたが、共子は何も言いませんでした。
酒もタバコもこの人の人生なのだ、そう自分に言い聞かせながら。


「10月8日
 体調が良くなってきたら、タバコは好きなだけ吸っている。
 焼酎も普通のコップからビールのジョッキに替わっている。
 9日は足元がふらつくほど、ろれつが回らないほど飲んだ。

 うるさがられて世話をするのが、ほとほと嫌になった。」

数日後、驚くべき変化が現れました。

「10月14日
 自転車2台のパンク修理を始めた」のです。

この朝、体重は49kg。
酒、タバコを飲みながらのカムバックです。

発病前とほとんど変わらない体重の夫が、
妻の目には文字通りの「奇蹟」と映りました。

「翌15日には、頼まれて車のパンク修理とオイル交換。
 プロの板金塗装業者特有の、手慣れた手つきでした。」(共子さんの証言)


その後は太平洋に船を出し、夜釣りを楽しむまでに回復、
筆者が居宅を訪ねたのは翌年2月でしたが、
日焼けした顔の健三さんを見て、まさかご本人とは気づかず
「あなたは本当に末期肝がんの健三さん?」と何度も問い直したほど。
その顔色は余命ン十年かと思わせたのです。

取材に対し、病院の検査データ、医師の手術説明書などを見せ詳細に証言し、
「拙著に本名で登場してほしい」と頼むと、
即座に「あぁ、いいよ。」

「場合によってはマスコミが殺到しますよ。」
  「殺到しても…… 全部本当のことだから、ありのまま言うほかないね。」
上機嫌の答えでした。

しかし、共子さんは決して気を許していませんでした。

余命尽き、なお働いている夫。
しかし酒、タバコを浴びるほど飲んで治る病気はこの世にありません。


年を越し、2月20日。
突然の吐血が健三さんを襲いました。
筆者が家を訪ねた数日後です。

救急車で地元の病院に搬送されました。
医師はCT検査結果を見て、共子さんに
「ここ数日の命と見ます。
 万が一のことを考え、準備してください。」

親戚が呼び集められ、葬儀の準備が始まりました。

しかし、再び「AWG」が余命を支えるのです。
さすがに懲りたのか、酒、タバコをいっさい断ち、
1日24時間、病室に「AWG」原理の器具を持ち込み、連続照射を ―― 。

何という強靭な生命力か。
3日間の昼夜を問わぬ「AWG」器具による照射と入院の結果、
4日目には体調が戻り、退院。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


『「AWG」は魔術か、医術か?』の出版が迫ってきました。

もちろん、目玉は末期がんの死地から生還した、健三さんその人です。

「出血の気配はその後ありませんか?」
  「今のところは大丈夫のようです。」

「今日は何をしておられますか?」
  「家庭菜園の作業を楽しんでいます。」

「トップ記事ですからね……
 1ヶ月後には世界中が注目する方です。」

共子さんと筆者は、月に何度かこうした電話を交わしていました。


健三さん奮戦記がゲラ刷りになり、写真も入り、印刷工場に回された暑熱の日――。

突然の訃報が飛び込んできました。



健三さん死す。
動脈瘤破裂による大量出血。


携帯電話を受けたのは、浜松市東三方町の松林を散策中のこと。

がーん。
周りの景色が色あせ、みるみる真っ白になり、
その場にしゃがみ込みました。

蝉の声がサイレンのように頭上に降り注いでいます。

へたり込み姿勢で何分いたでしょうか。
松の幹につかまり、よろよろと立ちあがりました。

肝がんは見事に克服した。
しかし、胃袋に動脈瘤ができていたとは……。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ( … 続く ) ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



プロフィール

俊成 正樹

Author:俊成 正樹
1936年生まれ。大阪市出身。
中央官庁(現・国土交通省)勤務を経て、社会派ジャーナリストとして独立。松本清張、森村誠一など有名作家との共同作業に参画、取材・調査に活躍。
1981年より「水」問題に取り組み、元日本陸軍の保有していた防疫給水技術調査のためアメリカ、イギリス、中国、ロシアなど各国を取材。各地の水資源問題に精通。
著書に『日本から水がなくなる日』(2009年)、『学校では教えない商売・お金・運開き』(2009年)、『水道管の叫び』(共著、2010年、以上中経出版刊)ほか多数。

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